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ちょっと変わったお話し

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ハイ皆さんこんにちは

 

 

今日はね、前回いったように少しまじめに文章から内容から考えてね

書いていこうと思うよ

 

 

そもそも推敲とかをするものでもないのかもしれないけれど、自分で見直した時に読みやすい興味の沸くものである方が後で見るときに楽しいよね

 

 

 

さて今日の話題

 

 

 

「犯罪を犯したものをどう処遇するか」

 

 

結構まじめなテーマを選んでみました。

実はね、こういうの調べるの好きなんでね

せっかくだし問題提起型の内容でもいいかなぁって

 

 

 

もちろん今回の話題は特に意見の対立が多くなるものだから結論ではなくて自分の考えを少し述べる感じになるかな

まぁみんなも少しだけかんがえてもらったらいいかな

 

 

 

さて、冒頭に悪い顔をした夜神月くんがいたね

 

 

夜神くんは漫画「デスノート」のなかで犯罪者のいない自分の理想の世界を作り上げるために名前を書くことでその人を殺すことができるデスノートを使い多くの犯罪者を殺し、彼の正義のためにいろんな悪いことをしたのは記憶に新しい

 

 

ここで注目してもらいたいのが彼が「犯罪者のみを殺した」ということ

 

 

厳密にいえば自己の理想の世界の邪魔になりそうな人も殺しているから犯罪者のみを殺したわけではないんだけども...

 

 

 

なぜ夜神君が犯罪者のみを殺したのか

それは「犯罪者がいない世界」を作り上げるためだよね

 

 

 

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この発言をしたあたりに少し違和感を抱いたけど、おそらく彼の考え方に賛同する人っていうのはこの世の中にもたくさんいるはず

 

 

当たり前に考えて、犯罪者っていうのは世の中に決められているルールを破った人だからそれなりの罰を受けなければならないと考える人は多いよね

特に犯罪の中でも重要犯罪(殺人とか強盗とかetc...)を犯した人に対しての世間の目は特に厳しい

それなのに犯罪を犯した人は刑務所の中で人々の税金を使いあまり不自由のない生活を送ることができるし、なんならその後の社会復帰すらもできる現状がある

 

 

多くの人はこれはおかしいと思うよね。

だからデスノートという漫画が爆発的に人気になったんだと思う。

 

 

 

深層心理ではほとんどといってもいいほどの人が犯罪者は死刑にしてもいい、とか何らかの重い刑罰を受けるべきだと考えているんじゃないかな

これは昔の刑法理論の考え方でいう「応報刑論」的な考え方なんだけどたぶんほとんどの人はこっちの考え方をしているはず

 

 

端的に少し説明するけど

 

刑法、つまり犯罪が起きたときに科せられる法律がなぜ科せられるのかという考え方には二つの理論がある

 

その一つが応報刑論と言って、これは古来ハンムラビの復讐法に由来する考えからきているもの

刑罰を科すのは犯罪者に対して正義の観点から罪を侵したものは同等の苦痛を受けてもらわねばならないからという考えだね

 

もう一つは目的刑論と言って、これは犯罪者がもう一度犯罪を犯さないように学習的に刑罰を科すというもの

犯罪を犯したらこういう罰が待っているんだよって犯罪者に学ばせるためのものという考えかな

 

 

このブログを読んでいる人はどっちの考え方をしてますか?

 

 

僕も二年生ぐらいの時までは応報刑論的な考え方、悪いことをしたなら罰を受けろ!っていう感じでしたね

 

 

ではこの考え方で犯罪をなくすことができるのか?

 

 

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これも記憶に新しいかな

サイコパス

 

 

このアニメでも悪いことをした人は徹底的に排除するような流れがあったよね

 

 

 

でもサイコパスの世界基準で考えると、住んでいくのがとてもきつくないかい??

 

 

 

この世界観だと、犯罪を犯した人だけではなく犯罪を起こす可能性がある人まで罰しちゃうんだよね

これは保安処分というものに該当するんだけど今の日本はこの保安処分は確か禁じられているはず

 

今の日本の刑法は「責任主義」を採用しているんだけど、この責任主義によるとその犯罪行為を犯した行為者について違法行為について非難できるしうる場合でなければ罰することができないというものになっている

よってそもそも犯罪行為を犯していない人に対して事前に刑罰的な処分をすることはそもそもがダメなんだよね

 

ちなみに精神障碍者が罰せられない場合があるのもこの責任主義によるもので犯罪行為を侵してはいるんだけれど、自分がした行為について善悪の判断ができないから罰することの意味がないからというオマケ

 

 

まあ犯罪を犯していない人はまず罰せられるべきではないって感じなのが今の日本

 

サイコパスみたいな世界も理想的ではあるけど自分の身にも何が起きるかわかんないからちょっと怖いよね

 

 

 

じゃあ罪を侵したものに対してはそれ相応の罰もしくはそれ以上の罰を受けるという考え方で犯罪をなくすことはできるんだろうか。

 

 

 

確かに夜神君がやったように犯罪を犯した人を片っ端から殺していくことで割といい感じの治安の保たれる世界を実現することができるとは思う。

 

 

正直この点についてはあまり反論できないって感じだ(笑)

 

 

ただ、犯罪を犯した人が必ずしも悪ではないケースも多いと思う。

よくコナンとかで親友を殺されたからそいつを仕返しで殺したみたいなパターンの話を見るけど、その行為を連続的な視点で見ると結構加害者に対して同情もできるよね

 

 

でもニュースとかのメディアを通した情報ってただ誰かが誰かを殺したっていう単純な情報だからそういう事情は考慮されない。

だとすると冤罪に近いものも発生する可能性はあるよね。

まあそれは殺す人の条件を絞ればいい話なのかもしれないけど

 

 

話がこんがらがっちゃったけど、必ずしも犯罪者は殺すっていう考えは今の日本では主流じゃない考え方になっている。

 

 

なんでかっていうと犯罪って誰でも侵す可能性があるしむしろ誰しもが犯している可能性があるから、そういう人をすべて殺すともう温かい社会ってなんか作れなさそうだよね

 

信号無視とか普通の人でもしてるじゃん?

あれは他人には迷惑をかけてはないけど一応立派な違法行為だ

 

 

それよりかは、犯罪を犯してしまった人を更生させて改めて社会に受け入れてあげる方がすべての人が生きやすい社会をつくるほうが人々が住みやすい社会なんじゃないかな

 

幼少期の環境からあまり恵まれない環境にある人の方が犯罪を犯しやすい傾向にあるっていうデータがあるんだけど、それによって犯罪者を罰するってなると資本主義がうんだ競争性の高い社会の被害者がたくさん出てきちゃうよね

なんか強者が弱者を虐げているって感じの印象で僕はあまりいいイメージではないかな

 

 

犯罪者が生まれた背景にはこういった社会的な環境もあるのだからすべての犯罪者を裁くのは少し残酷だ

 

 

 

 

結局話はごたごたになったけど、犯罪者に対してどういう対処をするのがよりよい社会形成につながると読者のひとは思いますか?

 

 

 

僕はよくわかんないけどみんなが最も幸せに生きれる社会をつくりたいなって思いました(小並感)

 

 

 

 

僕の文章もコナミ感だ

 

 

 

ま、いっか

 

 

それもまたマンメンミだね

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今日の一曲

 

 

SunSet Swish   「MyPace」

 

 

youtu.be

 

 

昔のBLEACHのエンディングにもなってるこの曲

まぁ他人に何言われたりしようがみんなは自分のやりたいように生きたほうが楽しいから悩み事があってもそんなに思いつめないでね

 

 

他にも大きく振りかぶってでもED曲を歌ってたりするんだけど

気になったら調べてみてください

結構落ち着いた曲調のものが多いかな